自治体によるビジネス日本語研修支援の格差について

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自治体による外国人雇用企業支援の助成金とは

2021年10月のコラム「ビジネス日本語教育の地域格差について」では、各都道府県別に存在するビジネス日本語教育の地域格差について扱いました。今回は、弊社が2020年、2021年と調査を進めてきた、自治体(都道府県)ごとの助成金制度のうち、「外国人を雇用する企業が活用できる、育成研修関連の助成金制度」について、現状を整理し、新しい動向についても確認してみようと思います。外国人雇用企業の皆様をはじめ、自治体の政策に関与されている皆様、企業を支援する立場の皆様などにもお読み頂けるとありがたいです。

今年度も、一部の都道府県や基礎自治体が、当該地域で外国人材を雇用し、その育成研修を推進する地元企業(や監理団体等)に対して、主に外国人社員の育成研修にかかる費用の一部を助成する制度を運用しています。弊社の調査では、47の都道府県のうち約2割にあたる、およそ10程度の都道府県がこういった制度を整えていることを確認していますが、外国人材を雇用されている企業で、外国人社員の育成研修に積極的な企業の皆様には、ぜひご活用を頂きたい制度となっています。

以下、これら各地域の助成金制度におおむね共通するポイントを簡単にまとめます。

・助成対象者は、外国人雇用企業または監理団体等
・助成額の上限は数十万円のところが多い
・助成率は2分の1が多い(育成研修にかかった経費を、自治体と企業とで折半する仕組み)
・助成対象となる取り組みは、主として以下の5つのタイプに分けられる
①日本語研修(ビジネス日本語に絞ったものからそうでないものまで幅広い)
②マナーなどの文化理解促進
③異文化交流
④多言語翻訳整備
⑤日本語教材の作成

助成対象となる上記の取り組み①〜⑤のうち、①②③については、企業の皆様もイメージがしやすいメニューかと思います。一方、長年外国人材を雇用されていても、企業の業種や外国人材の職種によって、④と⑤はややイメージが難しいかもしれませんので、以下で説明をします。

助成対象科目「多言語翻訳整備」とは何か?

そもそも外国人雇用を前提としていなかった日本の企業(特に中小企業)にとって、業務内容やその手順を説明したマニュアルや就業規則、寮の規定などは、全て日本語で書かれていることがほとんどではないかと思います。また、社内の規則や安全に関わる掲示物や看板などについても、同様に日本語で書かれていることが多いと思います。しかし、日本語がネイティブでない外国人材にとって、最も理解しやすいのが、自身の母語で書かれた書類です。そこで一部の企業では、こういった書類や掲示物の理解について、その外国人材の日本語レベルに左右されないよう、多言語翻訳して整備するなどの取り組みを進めています。こういった多言語翻訳の際、自社の社員で翻訳作業が進められればいいのですが、翻訳のテキストがある程度のまとまった量になると、自社の人員の作業としては膨大となり、外部の翻訳会社などのサービスを利用せざるを得なくなります。これは、まさにそういった場合、企業の支出の一部を自治体が助成してくれるというものです。

企業の事例として、筆者の知っている地方の中小企業(製造業)のケースを紹介します。この企業では10年以上前から技能実習生を雇用してきましたが、今までは漢字圏の人材だけを雇用してきたため、書類が読めないといった外国人材特有の課題に対して、企業としてあまり意識が向いてきませんでした。しかし数年前から非漢字圏の外国人材を雇用し始めた頃から、一部の日本人社員が、日本語の書類だけでは技能実習生の理解が必要なレベルに到達していないことに気づくようになりました。その結果、この企業はこのあと、弊社コンサルタントの支援を受けながら、外国人スタッフが業務で必要となる書類の多言語翻訳整備を、自社の外国人社員とともに進めることになりました。そして今では外国人スタッフに関わる多くの書類、社内掲示物などを全面的に多言語翻訳するに至り、結果として実習生及び技人国の外国人社員の業務の理解と幅が広がることとなりました。

助成対象科目「日本語教材の作成」とは何か?

では、もう一つの助成対象科目⑤「日本語教材の作成」とは一体何でしょうか。これは現在、東京都が2022年度から新たに始めた助成制度(令和4年度中小企業の外国人従業員に対する研修等支援助成金)の中で、助成対象の1つとされている項目になります。

東京都では、地域日本語教育のあり方や外国人雇用のあり方などについて、様々な角度から積極的に議論を進めており、筆者も外国人材の労働政策に関わる一部の東京都検討委員会で委員を務めてきました。そういった背景もあってからか、他の自治体ではほぼみることのできない助成対象として、この⑤「日本語教材の作成」が認められています。しかし、この項目は企業の皆様にとって、④「多言語翻訳整備」以上にわかりにくいものかもしれません。ここでは、東京都が助成対象としている⑤「日本語教材の作成」とは何か、そしてなぜそれが外国人雇用企業にとって有益なのかについて、考えていきたいと思います。

まず、ここでいう「日本語教材」とは、決して学校などで使用されているような、一般的な日本語学習教材のことではありません。また、日常会話のための学習教材でも、日本語能力試験(JLPT)の試験対策の教材でもありません。これらはすでに様々な外国人向け教材が数多く出版されており、これらをあえて外国人雇用企業が「作成」する必要は、全くないからです。

では、企業が「作成」に関与する教材とは何でしょう。一言でいうと、ここでいう「日本語教材」とは、「その会社の業務に必要な日本語の教材」のことであり、「日本語教材の作成」とは、自社の業務で必要な日本語を整理することを指していると捉えることができます。後述する通り、こういった教材の整備は、その企業で働く外国人材の業務遂行を支える上で、極めて重要なツールとなります。

なお東京都では、企業が自社の業務で必要となる「日本語教材の作成」に際して、その教材が50時間以上の学習時間を要するものであることや、作成にプロの日本語教師が関与することなどを助成の条件としています。こういった作成にかかる支出の一部が都から助成されるという仕組みです。

「専門用語」整備が遅れる日本と、スウェーデンの取り組み

筆者は2019年度より現在に至るまで、ある独立行政法人にて、日本国内で様々な業務に従事する多様な在留資格の外国人材の実態調査を支援しています。この事業は、北海道から沖縄まで、全国で働いている外国人材、年およそ100名を対象にインタビューを実施しているものですが、仕事上困っていることを聞く質問への回答として多いものの一つが「専門用語が整備されていない」「入社後、業務に必要な専門用語を学ぶことがとても難しかった」「専門用語を自分で学ぶしかなかった」という声です。

なお、ここでいう専門用語とは、前項で説明した「その会社の業務に必要な日本語」のことです。つまり、東京都がその作成を支援しようとしている分野は、一部の働く外国人材が実際に困っていることと、うまく一致しているということになります。

例を挙げればきりがありませんが、たとえば自動車関連の製造業なら「ノギス」、金属加工の製造業なら「バリ取り」、建設なら「PB貼り」、食品加工なら「チャンバー」、小売なら「レジ締め」、ITなら「ログインボタンを押下する」、といった具合に、どのビジネスにおいても、それぞれの業種や職種ごとに、実際の業務でよく使う日本語があります(意識的に使われているものもあれば、無意識に使われているものもあります)。これらを本稿ではざっと一つにまとめて「専門用語」と呼んでいます。こういった専門用語は、その業務に関わらない人にとっては意味がよくわからない日本語かもしれませんが、その業種や職種に就く人なら誰しもが入社してから、業務遂行と共にこういった表現を(自然と)身につけていくわけです。

しかし、日本語を母語とする日本人がこれらを「自然と」習得することと、日本語が母語でない外国人材がこれらを「計画的に学習し」習得することとは、本質的にその大変さがまるで違います。ましてや、多くの働く外国人材は、「入社前」の段階でこういった用語を学ぶ機会に恵まれてもいません。だからこそ、まず企業側が日本語でこういった用語を整備しておくことが重要なのであり、さらにこれらを「多言語整備」する意味も大きいわけです。特に、自らの仕事で成果を出したいと考えていたり、自らが所属する企業に大きく貢献したいと考えている、働く意欲の高い外国人材であればあるほど、こういった学びの支援を必要としているはずです。この意味で、こういった学習環境の整備をいくつかの観点から支援する東京都の取り組みは、大変地味な取り組みながら、自治体の取り組みとして、評価を受けるに充分値するのではないかと思いますし、反面、否定的な言い方をすると、こういった取り組みがほとんどないのが、今の日本の現状ともいえるでしょう。

では、働く外国人に対するこういった言語支援について、他国はどういった取り組みをしているのでしょう。例として、スウェーデンの事例を紹介します。スウェーデンは、労働人口に占める移民の割合がおよそ10%と、移民が大いに活躍している国の一つですが、この国は自治体と共に、移民のための「業種別・スウェーデン語」支援プログラム(SFX)を運営しています。受講者の移民は無料で学習ができるようになっており、プログラム運営の経費は国と自治体が負担しています。

このプログラムにはITエンジニア、トラックドライバーなど、それぞれの仕事の分野ごとにおよそ10のコースがあり、受講者は自身の専門とする業種、職種のスウェーデン語(業務で必要となる専門用語、専門的表現)が学べます。約半年間にわたり、移民たちは自身の業務に直結する語学力向上のための専門的な言語支援を公的機関からしっかりと受け、業務に直結するスウェーデン語のレベルを高めたあと、スウェーデン各地で活躍していくことになります。

おわりに

ここまでみてきたように、日本ではごく一部の自治体が、外国人雇用企業を対象に、外国人スタッフの育成研修に関する費用の一部を助成しているのに対し、スウェーデンでは、国と自治体が一丸となって、移民受け入れを推し進める約10の業種、職種について、専門的なスウェーデン語研修を、企業を通さず移民に対して無償提供し、移民たちの業務の安全性や業務遂行力を、言語支援という形で支えています。

語学力と業務遂行能力とは、密接な関係にあります。社内や社外における業務遂行上のコミュニケーションの円滑化という意味だけでなく、外国人材自身が業務を遂行する上の「自信」と語学力が深くつながっている点を指摘する研究者もいれば、死亡事故率などの安全性と、語学力との相関関係を指摘するデータもあります。そういった意味で、働く外国人材に対する言語支援は、外国人材にとってだけでなく、共に働く人材や外国人雇用企業、ひいては日本社会にとって、とても大事なテーマといえるでしょう。これをお読みの皆様が、皆様の置かれた環境の中で、ぜひこういったテーマについてこれからも考え続けて頂けると、筆者としてはとてもうれしいです。

執筆者
内定ブリッジ株式会社
代表取締役 淺海一郎

省庁やJETRO、全国の自治体、大学などと連携して全国の外国人雇用企業に対し、社内体制の整備、異文化コミュニケーション、外国人スタッフの育成定着と戦力化に関する研修、ワークショップを数多く提供しています。また、ビジネス日本語教師の立場から、海外日本語教師の育成にも携わっています。

外国人の雇用は、日本で働く外国人もさることながら、一緒に働く日本人側にも負担がかかりますが、工夫次第でうまくいきます。日本人と外国人がともに働きやすい環境を作るためにどのような点を工夫すればよいか、できる限りわかりやすくお伝えしたいと考えております。

【委員等の実績】
日本貿易振興機構(JETRO)高度外国人材スペシャリスト(現任/通算7年目)
・厚生労働省「外国人労働者雇用労務責任者講習検討委員会」委員(現任/2年目)
・東京都産業労働局「東京外国人材採用ナビセンター」企業相談員(現任/3年目)

・文化庁「日本語教育推進関係者会議」委員(2021-2023)
・広島県「特定技能外国人受入モデル企業」支援アドバイザー(2023)
・独立行政法人 国際交流基金 客員講師(2019-2023)
・文化庁「就労者に対する初任日本語教師研修教材開発」カリキュラム検討委員会委員(2020-2022)
・厚生労働省「外国人の能力開発に関する専門研修」検討委員会委員(2022)
・経済産業省「職場における外国人材との効果的なコミュニケーション実現に向けた学びのあり方に係る調査事業」アドバイザー(2020)
・厚生労働省「雇用管理に役立つ多言語用語集の作成事業」有識者研究会委員(2020)
・東京都「外国人材活用に関する検討会」委員(2020)
・経済産業省「外国人留学生の就職や採用後の活躍に向けたプロジェクト」政策検討委員会委員(2019-2020)

この他、厚生労働省、文化庁など各省庁事業の技術審査委員を務める

【メディア掲載】
・朝日新聞デジタル(電子版・2024/3/7)「「次は家族と一緒に」外国人労働者の資格、広島県が後押しする理由」
・日本経済新聞電子版(2023/11/24)「「育成就労」どんな制度? 技能実習の転職制限、段階緩和」
・朝日新聞(全国版)・朝刊2面(2023/7/3)「日本語ペラペラ」求めるだけの企業は選ばれない 人材獲得の障壁に」
・日本経済新聞電子版(2021/12/26)「レベル高すぎ? 企業が外国人材に求める日本語力」
・共同通信(2022/12/2)Is “standard” Japanese test best metric for hiring foreigners?


・アイデム 人と仕事研究所「外国人スタッフの定着と戦力化を図る
向学新聞 連載「日本語のプロと考える ビジネス日本語」
全国自治体による、外国人スタッフへの日本語教育に関する助成制度の実態調査
ビジネス日本語研究会 2020年1月号ジャーナル 研究論文掲載(共著)
・jops biz「日本人社員と外国人社員のコミュニケーションギャップとは
・Knowledge Society「外国人と企業の懸け橋へ 日本語教師出身の創業者に独立の思いを聞く

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