【徹底解説】企業が日本語研修を導入するときの23のチェックリスト
企業が外国人雇用を進める中で避けては通れないのが、外国人スタッフの日本語教育です。
今回は、自社で日本語教育を実施するケースについてではなく、外部の日本語教育機関に日本語研修を依頼する場合、企業として知っておくべきポイントを徹底的にお伝えします。
この記事を読めば、日本語研修を外部に依頼する際の全てのポイントを理解することができます。
本気で外国人スタッフの日本語能力を上げたいと考えている企業の担当の方にとって、間違いなく役に立つ記事となっています。少し長いですが、最後までぜひお読みください。
外国人スタッフの日本語教育を自社内で行うか、外部に依頼するか迷われている方は、こちらの記事もご参考ください。
日本語研修の導入の流れ(23のチェックリスト)
早速、社内で日本語研修を導入する際の流れについて説明していきます。
日本語研修を導入する企業の研修担当者がやるべきことを5つの段階にわけ、計23項目のチェックリストを紹介します。
事前準備
23のチェックリストのうち、まずは「準備段階」にあたる①~⑦について見ていきましょう。
- ①研修担当者を社内で定める
- ②研修担当者と現場上司とによる、研修目標の検討
- ③現場上司に対する、参加者の時間確保の交渉
- ④研修受講予定者との面談
- ⑤研修時期と時間帯の検討
- ⑥研修予算の確保
- ⑦助成金の検討
①研修担当者を社内で定める
「誰が日本語研修を業務として扱うのか」を社内で明確にし、共有しておくことが日本語研修の導入に向けた第一歩です。
多くの企業では、人材の育成や管理などを担う人事部や総務部が、外国人スタッフの育成や研修のマネジメントを担っていると思います。
一方、人事総務などが部署として独立していない規模の小さい企業では、英語が話せたり海外勤務経験のある日本人スタッフがその任にあたることも多いです。
いずれの場合も重要なのは、
「(ただなんとなく)外国人スタッフのフォローはAさんが担当しているから、日本語研修もAさんが考えてね」
という状況を社内で作らないことです。
なぜかというと、特に外国人雇用に慣れていな企業の場合、担当者を決めず、なんとなく外国人スタッフの日本語研修を導入すると、想像した以上にうまくいかないケースがとても多いからです。
- せっかく予算を準備して外国人スタッフに日本語研修を実施しているのに、なぜか外国人スタッフの研修参加率が悪い
- 他の日本人社員の英語研修と同等の予算を確保して、半年間、外部講師に日本語を習っているのに、まったく日本語が上手くなっていない
- 学習意欲のある外国人スタッフはどんどん日本語レベルを向上させているため、そうでないスタッフとの間で日本語レベルがどんどん離れていってしまい、同じ給料なのにもかかわらず、任せられる業務に大きな差が生じている
- 同じ外国人のことよくわかると思い、先輩の外国人スタッフに日本語研修のことを任せている。しかし、実際何をやっているのかについては、この外国人スタッフ以外、社内で誰も把握していない
といった課題を解決し、これから次々と入社する外国人スタッフを組織として戦力化するためには、こういった課題に取り組むスタッフを社内で明確にして、役割と責任を与えることが極めて重要です。
これは、外国人スタッフの日本語能力が上がって業務効率が高まり、会社全体の売り上げに外国人スタッフが貢献するための第一歩となります。
また、外国人スタッフの日本語研修に関する担当者を明確に定め、その責任の範囲を明確にし、業務内容を会社全体として把握することは、担当者を孤立させないことにもつながります。
特に会社全体に占める外国人スタッフの割合がとても低い企業の場合、外国人スタッフだけではなく、担当者も孤立しがちだからです。
担当者の苦しみや悩みを会社全体が共有することにより、その担当者にだけ責任を押し付けることなく、よりよい解決方法を複数のスタッフで検討できるようになります。
そもそも外国人雇用は(経営者を含めて)個人で取り組むべきことではなく、組織で取り組むべきテーマです。このような業務の明確化は、企業のグローバル化という土壌形成にも大きく寄与します。
②研修担当者と現場上司による、研修目標の検討
日本語研修の担当者を明確にし、孤立させないようにすることには、他の目的もあります。
それは、日本語研修のゴール設定を、この担当者一人に決定させないという目的です。
具体的には、研修担当者と外国人スタッフの上司とで、日本語研修の目標を設定してほしいのです。
ここでいう「研修の目標」は、そのあと外部の教育機関と話し合うための、大まかな目標でも大丈夫です。
できるだけ、企業としてどんな日本語スキルを身につけさせたいのか、明確にしてください。
たとえば、「Aさんはこの業務でこういうことができているが、こういうことができていない。だからこういうことを学ばせたい」という内容を、研修担当者が(外国人スタッフの)現場上司などと話し合って考えるイメージです。
これは、外国人スタッフの具体的な業務を理解していなければ話し合えないことです。
現場の上司と一緒に日本語研修のゴール設定を行う理由はここにあります。
※企業が外国人材に学ばせたいことを予算内にどう研修として組み立てるかは、教育機関の仕事(コースデザイン)になるため後述します。
ここまでは、日本語研修の全体的な方向性を定めるための作業でした。
このような全体像をあいまいにして日本語研修を導入しても、部分最適にしかならず、決して日本語研修は成功しません。
③現場上司に対する、参加者の時間確保の交渉
企業の判断として日本語研修を導入するにあたり、研修時間を通常業務との関わりの中でどう捻出するのか、研修時期や研修時間なども含めて検討する必要があります。
その外国人スタッフの業務フローを把握している現場上司と、この点について話し合ってください。
この話題の手前で研修のゴール設定について話し合っていれば、この点はスムーズに進むと思います。
④研修受講予定者との面談
外国人スタッフの上司と時間確保の共有が済んだ後、忘れてはならないのが④の過程です。
研修に参加するのはあくまで外国人スタッフですが、彼らへの事前説明なしに研修を開始することは避けてください。異文化マネジメントにおいて、特に「うちの会社はこういう決まりだから」はNGです。
人材によっては、日本語研修が必要ないと考えている可能性もあれば、研修よりも業務に集中したいと考える人材も存在します。そういった人たちに対して、なぜ今、日本語研修が必要なのかを事前に説明する必要があるのです。
もちろん、その際には、研修内容が業務と直接関わっていることならその旨を明確に伝えるべきですし、資格試験のための研修が目標なら、その資格がなぜ必要なのか、説明する必要があります。
いずれにせよ、日本で働く外国人材がみな、日本語研修を常に求めているわけではありません。
企業側はこれを念頭に置いて、研修受講予定者とコミュニケーションをとってください。
ここは研修に対する本人のモチベーションに大きく関わる項目ですので、社内で慎重に準備して進めることをおすすめします。
⑤研修時期と時間帯の検討
①から④までの大切な手続きを踏んだ上で、研修の「実施時期」と「時間帯」を検討します。
研修実施期間と繁忙期は重ならないほうがいいと考える企業が多いと思います。
このほか、他社の取り組み事例として、新卒は一律、内定後から入社前までの期間に研修を実施する企業もあれば、入社後の各人の業務における活躍の度合いによって個別に時期を細かく調整する企業もあります。
企業の判断が分かれるのが、研修実施の時間帯です。
勤務時間内での実施とする企業も多いですし、勤務時間外に設定する企業もあります。
または、2時間のうち1時間を勤務時間内、残り1時間を残業として勤務時間外に設定する企業もあるなど、その考え方は企業によって異なります。
いずれにせよ、これも研修担当者が主体的に考え判断したり、他部署と交渉したりする業務になります。
⑥研修予算の確保
予算の確保も大切な項目です。
ここでは時系列で全ての業務のフローを23項目のチェックリストにしていますが、この「⑥研修予算の確保」は、①や②の段階で決裁権のあるスタッフと交渉の下準備は開始しておいてください。
なお、外部の教育機関に語学研修を発注したことがない企業によって、日本語研修の予算感はよくわからないと思います。費用についてはこの記事の後半で解説していますので、参考にしてください。
⑦助成金の検討
また、研修目標に到達するために、どうしても自社の予算だけでは足りないという場合は、地方自治体の提供している助成金制度の利用を検討してください。
あまり企業のみなさんには知られていませんが、外部の日本語教育機関を利用した日本語研修について、助成上限額が20万円から100万円程度、助成率2分の1程度で、企業や監理団体向けに助成金制度を運用している都道府県が存在します(弊社が2020年度に電話調査で調べたところ、47都道府県のうち、約10の自治体にそういった助成制度があることがわかっています)。
2021年度の都道府県別の補助金・助成金については、わかっている範囲でこちらの記事で紹介していますので、ご参考になさってください。
見積もり段階
さて、ここまでが準備段階です。次に、相見積もり段階の3項目について説明します。
- ⑧ 到達目標の相談と、コースデザインの依頼
- ⑨ 見積もりを依頼した日本語研修機関の実績や適性の確認
- ⑩ レッスン形態の決定
そもそもどういった日本語教育機関に依頼すればよいのか知りたい方は、こちらの記事をご参考ください。
⑧ 到達目標の相談と、コースデザインの依頼
準備段階を経て、複数の日本語教育機関に見積もりの問い合わせをすることになります。
見積もりにあたって、まずはどんな目標のために日本語研修を実施したいのか、各日本語教育機関に伝えます。
その上で、その目標達成のために必要な研修内容、学習時間、教材、(研修参加者が多い場合)教育に適したクラス編成、担当教師などを日本語教育機関に検討してもらい、複数の日本語教育機関に見込み金額の見積もりを依頼することになります。
(具体的な日本語研修の費用感については、本記事下部で解説しております)
このように、日本語教育の知見に基づき、目標と手段の具体的な内容を検討することを、一般に「コースデザイン」と呼びます。
コースデザインは、日本語教育機関の営業スタッフ(企業窓口担当者)ができることではなく、その教育機関に所属し、日本語教育に関して深い知見があるベテランの日本語教師が担当するのが一般的です。
よりよいコースデザインのために、教育機関はみなさんの目標や外国人スタッフの業務内容について詳しく知りたがると思います。支障のない範囲で説明するか、もし何かご不安があるようでしたら、NDAなどの契約を事前に結んで見積もりを依頼することもあります。
特にみなさんが依頼したい研修内容が、具体的な業務内容(それも特許や知財、高度な技術など、企業として守りたい情報)と直結する場合、そういった契約の締結を強くおすすめします。
コースデザインについて補足すると、研修受講予定者が複数の場合、見積もり額にも大きく影響する可能性があり研修の成否にも大きく関わってくるのが「クラス編成」です。
研修受講者の日本語レベルに大きく開きがあると、同時に日本語を教えることは難しくなります。
複数の人材の日本語レベルがバラバラなら、クラスを少なくとも2つ以上に分け、レベル別の学習を進めようとするのが一般的なコースデザインの考え方です。レベルの全く異なる人たちを同時に教えようとすると、上級レベルの方の成長は期待できず、初中級レベルの方の成長も阻害され、結果としてどちらも成果を出すことができません。
このため、日本語教育機関は必要に応じて、研修開始前に、日本語教育の知見に基づいたレベルチェックを実施し、効果的な研修運営を目指します。
⑨ 見積もりを依頼した日本語研修機関の実績や適性の確認
このように、信頼できる日本語教育機関(コースデザイン担当者)は、みなさんが目標とすることを上手にヒアリングし、そのために必要なカリキュラムを提案し、予算が確保できれば研修開始前にレベルチェックを実施します。
一方、働く外国人ではなく、留学生への教育にしか実績のない教育機関や、コースデザインを担う教務責任者、また講師の質が低い教育機関、営業とコースデザインの連携が取れていない教育機関などは、目標が実現できなかったり、時間数だけ長かったりする、不自然なコースデザインをします。
もし見積もりのやりとりの中でみなさんが違和感を感じるようなら、この段階で、その教育機関による、自社と同じ業種への日本語研修の提供実績や、コースデザインの担当者の実績、キャリアなどを確認することをおすすめします。
⑩ レッスン形態の決定
なお、費用の詳細については記事後半で詳しく触れるとして、見積もりを依頼する段階では、コースデザイン依頼のほか、レッスン形態の決定が必要になります。以下、研修形態について説明します。
まず学習場所です。
1対1のプライベートレッスンを、勤務時間外にその外国人スタッフの自宅で実施する企業もあれば、集合研修を自社内で実施することもあります。あるいは、外国人スタッフが日本語教育機関に通う形も珍しくありません。
また、自社内で実施する場合ですが、研修内容によっては、音声の聞き取り練習のためのCDプレーヤーやホワイトボードが必要なこともあります。さらに、社内で準備された場所が(思いのほか外の音が聞こえるなど)学習に向いておらず、参加者が研修に集中できないということも起こりがちです。
日本語教師の交通費などとも関わる部分ですので、どういった環境が望ましいのか、この段階で検討しておいてください。
研修の実施形態も検討項目です。
直接会って実施する対面研修なのか、オンライン研修なのか、こういったことも決めなければいけませんし、同じオンライン研修でも、指定の時間に限って特定の日本語教師から教育研修を受け、双方向のやりとりや質問対応が可能なライブ型レッスンもあれば、一方的に録画を視聴するだけの非ライブ型もあります。
それぞれメリットデメリットもあるので、ふさわしい選択肢を検討してください。
また、研修機関が数ヶ月から1年ということになると、ほぼ必ず発生するのが研修の欠席とその対応です。毎週何曜日の何時から何時まで、という形で日程が原則的に変動しない、固定型の研修(フィックスレッスン)か、参加者のスケジュールによって大きく変動させる、クーポン型の研修(ノンフィックスレッスン)か、自社にとって望ましい形態を検討してください。
1対1のプライベートレッスンの場合、どうしても外国人スタッフの仕事の都合で研修の日程変更をしたい場合の条件(いつまでに日本語教育機関に対して変更要望を出せば日程が変更できるのか、その際別途費用は発生するのか等)、あるいは当日の交通トラブルなどで日程変更となった場合の補償や振替など、研修の実施形態については、契約書の締結前にきちんと決定しておく必要があります。
業務委託先決定後
こういったポイントを含めて検討を重ね、相見積もりを取り、研修を依頼する日本語教育機関が決まったら、次のステップに進みます。この段階では6つの項目を確認しましょう。
- ⑪ 支払い契約の締結
- ⑫ 担当する日本語教師の資格確認
- ⑬ 研修前のレベルチェック依頼(評価)
- ⑭ クラス編成と参加者のスケジューリング
- ⑮ (自社内で実施する場合)学習場所の環境整備
- ⑯ 研修受講予定者と現場上司との三者面談
⑪ 支払い契約の締結
まずは契約です。
基本的な内容だけでなく、さきほど述べたような、実施形態に関する細かい規定、また研修を本人が復習のために録音する場合の対応や、(あってはならないのですが)派遣された日本語教師に満足できない場合の対応など、自社の権利を契約内容に盛り込むようにしてください。
また、自社の義務(研修に必要な教材を誰がいつまでに購入する必要があるのか、あるいは企業に派遣される日本語教師の交通費の見込みなど)についても、事前に確認が必要となるでしょう。
⑫ 担当する日本語教師の資格確認
同じ観点から、コースデザインを担当した日本語教師とは別に、実際にみなさんの会社の外国人スタッフの教育研修に携わる者が日本語教師の資格を有しているのか、どの程度の企業研修実績を有しているのかなど、自社の社内規定に適合する日本語教師の選定を依頼し、その内容を確認しておく必要もあります。
⑬ 研修前のレベルチェック依頼(評価)
レベルチェックは見積もり段階の「⑧到達目標の相談と、コースデザインの依頼」で触れましたが、この実施方法は研修内容により様々です。
ビジネスコミュニケーション研修などであれば、事前にしっかりと時間をとって、一人ずつビジネス場面のやりとりをし、それを録音しておいて、評価項目ごとに日本語スキルを評価する場合もあります。
またビジネスメールなど文章作成の研修などでは、最近ご本人がお書きになったメールや業務上の書類を(NDA契約を結んだ上で)いくつか回収させて頂き、どこが課題なのか(たとえば連体修飾句が苦手なのか、格助詞の誤用が多いのか、語彙がふさわしくないのか、あるいはモダリティに関して問題があるのかなど)を専門的に分析し評価したりもします。
一方、多くの日本語教育機関が共通してヒアリングすることが多いのが、日本語学習歴と、JLPTなど日本語レベルのわかるテストのスコアです。
特にJLPTについては、研修受講予定者の現状の日本語レベルを知るため、N3、N2などの受検レベルの他、180点満点の総合スコアだけでなく、3分野60点満点ごとの詳細スコアも教えて頂くことがあります。
日本語研修というのは、日本語能力の「現状」と「目標」のギャップを埋めていく作業です。「現状」を正しく認識してもらうために出せる情報はできるだけ共有しましょう。
⑭ クラス編成と参加者のスケジューリング
必要に応じてレベルチェックが終わったら、クラス編成とスケジューリングを確定させます。これらについては、担当者の方がすでに多くの準備をされていますので、ここでは微調整という意味でご理解ください。
⑮ (自社内で実施する場合)学習場所の環境整備
自社内で日本語研修を実施する場合は、学習する場所を確定させます。
ホワイトボードなどの備品が必要かどうか教育事業者に事前に確認してください。
また社内には、「毎週木曜日の16時~17時は、第2会議室を日本語研修で使います」といったように事前に周知しておくことで、社内での協力もスムーズに得られます。
⑯ 研修受講予定者と現場上司との三者面談
そして最後に最も重要な作業が、研修受講予定者との再度の面談になります。
研修受講者との面談は、日本語研修を成功させる上でとても大切なプロセスです。
この段階では、準備段階で明確でなかった部分を中心に、改めて研修の概要や目標などを細かく研修受講予定者と共有します。そして、この研修が実際の業務とどう関連づけられ、企業の業績のみならず、ご自身の人事評価にどう反映するかまで伝達できると、研修の動機付けとしては非常に高い効果が期待できます。
もっとも評価については、外国人雇用企業の組織変容を促す可能性がある部分であり、すぐに取り組めない企業も多いと思います。しかし、現場上司を交え、実際の業務と今回の日本語研修との関連性を具体的に、かつ短期的な部分から中長期的な部分まで丁寧に説明できるだけでも、研修前の動機付けとしては高い効果が期待できるでしょう。
研修実施中
ここからついに研修が開始します。研修期間中、研修が問題なく進められるよう、研修担当者の方ができることを4つ確認しましょう。
- ⑰ 研修内容、受講態度の共有依頼
- ⑱ 日本語教師、現場上司、研修受講者との定期的なやりとり
- ⑲ (必要に応じて)参加者のフォロー
- ⑳ (必要に応じて)クラス編成の見直し
⑰ 研修内容、受講態度の共有依頼
研修実施中の研修内容をはじめ、研修受講者の学習態度や教務的な課題などについて、きちんと把握しておく必要があります。そのため、正確には研修が始まる直前のタスクになりますが、研修機関に対して研修内容を共有してもらうよう、依頼しておくとよいでしょう。
ほとんどの研修機関は、企業からの依頼がなくとも、毎回の研修内容や受講生の態度などを記録していますし、その内容を毎回報告します。そういった細かな情報から、研修全体の課題や、受講者個人ごとの課題などがわかるわけですが、報告の受け取り側として、毎回やりとりするのが大変だと感じるのであれば、ドライブなどでのファイル共有を提案するといいと思います。
ちなみに、企業によっては研修実施中、受講生と教師がそれぞれ、自己評価シートを用いて自己点検を行い、研修の記録と併せて、研修機関のコーディネーター(つまりコースデザインを作成したこの研修の教務責任者)と企業とが、毎週振り返りのミーティングを実施して研修全体を細かくマネジメントしている事例もあります。
⑱ 日本語教師、現場上司、研修受講者との定期的なやりとり
また、そういった実際の研修内容を定期的にチェックし、それを見ながら、研修担当の日本語教師や受講者とコミュニケーションをとることで、それぞれの受講生の課題が掴め、よりよい研修にすることができます。
またその情報を現場上司とやりとりすることで、実際の業務での成長や課題などを、教育研修の場に生かすことも可能となるのです。
なお項目としては挙げませんでしたが、この研修実施期間中、学習の成果を把握するため、研修前と研修後だけでなく、研修中にも中間テストを実施したり、あるいは毎月の学習内容を振り返り受講者の理解度を確認するテストを毎月ごとに実施したりする日本語教育機関もあります。
⑲ (必要に応じて)参加者のフォロー
研修を進める中、予期しないことが起きる可能性もあります。
学習環境の不備や研修スケジュールの変更など、外部環境に関するものもあれば、研修受講者の誰かが、何らかの理由で著しく出席率を低下させたり、適切だと思われたクラス編成に当てはまらず、一部の受講者が伸び悩んだり、当初想定していた課題の取り組みが難しく、カリキュラムを変更する必要性が発生したりするなど、教務的な課題が発生する可能性もあります。
研修担当者は、研修機関や日本語教師、現場上司、また受講者と密にコミュニケーションをとりながら、こういった課題を解決しながら研修を進めていかなければなりません。
しかしどんなに充分な準備をしても、細かな想定外のことは起きるものですし、こういったやりとりの中でこそ、日本語教育機関や日本語教師の真価が試されます。
ご自身の経験値を高め、次の研修を支援する知見を蓄えるためにも、ぜひ前向きに取り組んでください。
⑳ (必要に応じて)クラス編成の見直し
受講者が予想以上に日本語研修のレベルについていけなかったり、逆に簡単すぎたりと、実際に始動してみないとわからないことは多いです。このような場合には、柔軟にクラス編成の見直しも検討しましょう。
ボトルネックとなっている部分はどこなのかを明確にした上で、受講者および研修機関と相談しながら改善を行います。
改善後、1~2週間経ってから改めて受講者と研修機関に確認をとりましょう。
このようにして、PDCAを回しながら少しずつ研修を最適化させていきます。
ここでのポイントは、こういった作業を研修機関だけに任せずに、あくまでハンドリングは自社で行うということです。
研修後
このようにして、ついに予定されていた研修が満了となりました。研修のクロージングとして、最後に3つの項目を確認したいと思います。
- ㉑ 研修後のレベルチェック(到達度チェック)依頼
- ㉒ 本人評価のフィードバック、今後の課題提示依頼
- ㉓ 企業へのフィードバック、今後の課題提示依頼
㉑ 研修後のレベルチェック(到達度チェック)依頼
企業の日本語研修には効果測定(到達度チェック)がつきものです。
しかしカリキュラムによっては、研修機関が効果測定を予定しない場合もあれば、外部の日本語試験(JLPTやBJTなど)を受検することで到達度チェックとみなす場合もあります。
もしみなさんが研修カリキュラムに即した効果測定(到達度チェック)のための独自テストの実施を希望する場合、事前に日本語教育機関に相談の上、これを実施してもらう必要があります。
なお、日本語教育機関によっては、留学教育の実績しかなく、企業の日本語研修においては一般的ともいえる効果測定のデザインと実施に戸惑うところもあるようです。ですからこういったサービスを期待する企業は特に、見積もりの段階で日本語教育機関に予め相談をしておいたほうがいいでしょう。
㉒ 本人評価のフィードバック、今後の課題提示依頼
研修を終えたタイミングで、研修受講者本人への日本語教育学的なフィードバックを依頼してください。
語学学習は一朝一夕にはいかないもので、長く地道な学習を要します。
今回の研修のあと、具体的にどういった課題が残っていて、それを乗り越えるために、どういった学習が求められるのか、専門的なアドバイスを受けるべきです。
日本語教育機関によっては、個別帳票を発行し、そこに分野別の課題などを明示してくれたりもします。
㉓ 企業へのフィードバック、今後の課題提示依頼
多くの企業が誤解されていますが、外国人雇用企業のコンサルティングの現場で企業が課題としているのは、「外国人の研修育成」だけでは決してありません。
彼らの定着や活躍を支えるためにもう一つ重要な要素となるのが、「外国人スタッフの支え方」「日本人社員の育成研修」「外国人雇用企業の組織としてのありかた」、すなわち外国人スタッフとともに働く日本人スタッフのあり方の見直しです。
たとえば研修が終わったタイミングで、こういった課題について研修機関に相談したり、アドバイスを受けておくことは中長期的に極めて有効です。
残念ながら、この分野の支援ができる日本語教育機関は全国的にみても決して多くはありませんが、もしそういった機関に日本語研修を依頼したのであれば、相談なども含め、ぜひその知見の利用の機会を検討して頂ければと思います。
日本語研修の費用について
どの企業にも、はじめて日本語研修を導入する際は、いったいどの程度の予算を組めばいいのか分からないという不安があると思います。
また、
「フリーランスの日本語教師の時給がこの程度だから、日本語教育機関にも同程度で依頼しよう」
という企業の声も耳にすることがあります。
日本語教師の資格が、いわゆる士業のような業務独占資格ではないこともあり、日本語研修にかかる費用も様々です。
さらに、これをお読みの方の中には、日本語ボランティアと日本語教師を混同されている方もいらっしゃると思います。
この章では補足的に、企業が日本語研修を導入するに際して、どの程度の金額を検討すればいいのかについて説明します。
もちろん、いつもこの金額であるということを断定的に伝える主旨のものではありませんので、あくまで目安としてご参照いただければと思います。
日本語研修の費用の内訳
日本語教育機関に日本語研修を依頼する場合、今までの23項目をみてきた通り、教育機関側にもやるべきことが多く存在します。
具体的には、コースデザイン、事前レベルチェック、企業への報告用の帳票の作成、到達度テストの作成と実施、企業への報告業務などです。
たとえば、学習効果を出すための適切なコースデザインの作成には、専門性と一定の時間を要するため、通常、キャリア10年から20年クラスの日本語教師がこれにあたります。
日本語教育機関側の具体的なコストとしては、大きく分けて以下の3点があります。
- 講師費用:日本語教師への支払い、また移動に必要な交通費等の費用
- コースデザイン費:内容や教材策定など、妥当なカリキュラムの検討に要する費用など
- 研修管理費:教材手配、成績管理、研修内容管理、成績表作成、フィードバック作成、レベルチェックや効果測定等の費用、日本語教師の手配とスケジュール管理等の費用
日本語研修1時間あたりの「講師費用」の相場
eラーニングなどの単独では研修効果が低い一方で教師の必要がないサービスを除き、講師費用(人件費)はほとんどの日本語研修で必要になります。
この費用は1時間あたり、その日本語教師のキャリアによって2,000円から5,000円程度がだいたいの相場です。
ただ、教育対象がエグゼクティブ(会社経営層)や有名人、プロスポーツ選手などで、学習形態が1対1のプライベートレッスンなどになると、この相場を大きく上回っていきます。
また、日本語教育の資格を持っていない日本人とオンラインで会話をするようなサービスの場合は、この相場を大きく下回り、1,000円前後(もしくは無料)のサービスもあります。日本語能力を計画的に伸ばすことにはあまり期待できませんが、日本語を話す機会を作るという意味では、こういったサービスの利用を検討してもよいでしょう。
もし企業のみなさんがカリキュラムを全て決め、ただ教えることだけを業務内容とした契約でフリーランスの日本語教師に業務を依頼する際、上記の相場がそのまま研修の費用になります。
日本語研修の総額の相場
「講師費用」「コースデザイン費」「研修管理費」という3つのコストを含めると、日本語研修の費用は公的な日本語教育機関であっても1時間あたり4,000円以上という金額も珍しくありません。
民間では1時間あたり10,000円近い教育機関も多く存在します。
その単価の中で、何人までまとめて受講することができるかは、教育機関により全く異なります。
1名ずつの単価計算をするところもあれば、5名まで同額、という形式をとるところもあります。
受講者が複数名いる場合は、これによって一人当たりの費用が大きく異なってきますので、見積もりの段階でよく確認することをおすすめします。
また、研修の総額に大きく影響するのは「総時間」ということになります。
例えば週1回、90分のレッスンを実施したとして、時給換算で仮に5,000円の場合、月で6時間、3万円です。
これは毎週、勤務時間後に自ら日本語教育機関に通って、個人の支出としてビジネス日本語を学んでいる外国人が自分で支払っている一般的な金額と同程度です。
これを半年続けたとして、総額18万円です。さらに半額補助の助成金を利用できれば、半年の日本語研修で9万円(月に15,000円)ですから、企業負担はかなり抑えられることがわかります。
研修の総時間をどのくらいにするのかは、受講者の現状と研修のゴール次第です。
日本語ゼロレベルの外国人社員に週1回90分の日本語研修を半年間受講させても、さほど効果は期待できません。
たとえば、日本語ゼロレベルの内定者5名が、簡単なやりとりができるレベルまで引き上げることをゴールとした場合を想定してみます。
- 1回3時間×週3回×6か月間というカリキュラムで、総時間は216時間
- 1時間あたり10,000円が単価の教育事業者に依頼
- 受講者5名は全員同じ日本語レベルなので、同じカリキュラムで同時受講可能
この場合、総額は216万円(1名あたり72,000円/月)ということになります。
日本語教育機関の見積もりの出し方
日本語研修の見積もり金額の出し方ですが、
総額の内訳として
- 内訳を明示し、コースデザインを含めた諸経費と研修費用とを分けて提示する教育機関
- 1時間あたりの総額を提示する教育機関
とがあります。
総見積もりをとる際には、どの部分のコストが多くかかっているのかをよく見てください。
総額のみを提示された場合は、どのような内訳になっているのか尋ねても良いと思います。
その上で、自社で巻き取れる項目や不要だと思う項目があるなら、その分の費用を見積もりから削ってもらうよう提案しても良いでしょう。
おわりに
企業のみなさんが外部の日本語教育機関に日本語研修を依頼する場合、企業として知っておくべきポイントについて、そういった経験の少ない研修担当者を想定し、幅広く様々な観点から考えてきました。
国の政策的な後押し、また経済界からの要請などもあって、国内の(外国人)留学生の数、また日本で働く外国人の数、そしてその外国人を雇用する国内企業の数、いずれも過去最高を記録するという、かつてない変化の時代を私たちは生きています。
一方で私たちはその影に、働く外国人の労働問題、社内におけるコミュニケーションの問題、また生活者として彼らが直面する社会的な孤立など、質的な課題が多く存在する点を知っておく必要があります。
そういう意味で、外国人雇用企業で働く日本人も外国人も、国籍に関係なく、お互いを尊重しながら気持ちよく働ける職場環境の構築が、今ほど求められている時代はないのかもしれません。
外国人を雇用し、日本語で業務を進める多くの職場で、より力強く業務を推進するためにカギとなるのが日本語によるコミュニケーションの質的向上です。
この記事では、このうち外国人材への日本語研修について知識がない方を念頭に、日本語研修を成功に導くためのポイントを記しましたが、コミュニケーションというものは本質的には双方向であり、決して外国人の日本語が上達するだけで円滑になるというものでもありません。
ライブ型のオンライン日本語研修を全国で働く外国人に届ける一方、日本人スタッフへのコミュニケーション研修、また外国人雇用企業の組織コンサルティングサービスを様々な業種の企業に提供している弊社は、両者が学び、適切なコミュニケーションを通じて歩み寄ることで、組織の働きやすさや業務の質的向上が起こるということを、みなさんに少しでも知って頂きたいと考えています。
みなさんの職場環境が少しでも前進し、そこで働く方々の気持ちが少しでも満たされることを、切に願っています。
省庁やJETRO、全国の自治体、大学などと連携して全国の外国人雇用企業に対し、社内体制の整備、異文化コミュニケーション、外国人スタッフの育成定着と戦力化に関する研修、ワークショップを数多く提供しています。また、ビジネス日本語教師の立場から、海外日本語教師の育成にも携わっています。
外国人の雇用は、日本で働く外国人もさることながら、一緒に働く日本人側にも負担がかかりますが、工夫次第でうまくいきます。日本人と外国人がともに働きやすい環境を作るためにどのような点を工夫すればよいか、できる限りわかりやすくお伝えしたいと考えております。
【委員等の実績】
・日本貿易振興機構(JETRO)高度外国人材スペシャリスト(現任/通算7年目)
・厚生労働省「外国人労働者雇用労務責任者講習検討委員会」委員(現任/2年目)
・東京都産業労働局「東京外国人材採用ナビセンター」企業相談員(現任/3年目)
・文化庁「日本語教育推進関係者会議」委員(2021-2023)
・広島県「特定技能外国人受入モデル企業」支援アドバイザー(2023)
・独立行政法人 国際交流基金 客員講師(2019-2023)
・文化庁「就労者に対する初任日本語教師研修教材開発」カリキュラム検討委員会委員(2020-2022)
・厚生労働省「外国人の能力開発に関する専門研修」検討委員会委員(2022)
・経済産業省「職場における外国人材との効果的なコミュニケーション実現に向けた学びのあり方に係る調査事業」アドバイザー(2020)
・厚生労働省「雇用管理に役立つ多言語用語集の作成事業」有識者研究会委員(2020)
・東京都「外国人材活用に関する検討会」委員(2020)
・経済産業省「外国人留学生の就職や採用後の活躍に向けたプロジェクト」政策検討委員会委員(2019-2020)
この他、厚生労働省、文化庁など各省庁事業の技術審査委員を務める
【メディア掲載】
・朝日新聞デジタル(電子版・2024/3/7)「「次は家族と一緒に」外国人労働者の資格、広島県が後押しする理由」
・日本経済新聞電子版(2023/11/24)「「育成就労」どんな制度? 技能実習の転職制限、段階緩和」
・朝日新聞(全国版)・朝刊2面(2023/7/3)「日本語ペラペラ」求めるだけの企業は選ばれない 人材獲得の障壁に」
・日本経済新聞電子版(2021/12/26)「レベル高すぎ? 企業が外国人材に求める日本語力」
・共同通信(2022/12/2)Is “standard” Japanese test best metric for hiring foreigners?
・アイデム 人と仕事研究所「外国人スタッフの定着と戦力化を図る」
・向学新聞 連載「日本語のプロと考える ビジネス日本語」
・全国自治体による、外国人スタッフへの日本語教育に関する助成制度の実態調査
・ビジネス日本語研究会 2020年1月号ジャーナル 研究論文掲載(共著)
・jops biz「日本人社員と外国人社員のコミュニケーションギャップとは」
・Knowledge Society「外国人と企業の懸け橋へ 日本語教師出身の創業者に独立の思いを聞く」